Vol.2 橋本絵莉子 / page 1

——なぜチャットモンチー以外のことをやりたいなと思ったのか、まずはそこから教えていただけますか。

橋本:“こなそんフェス”が終わってちょっと燃え尽きていて。じゃあ次はどうしようっていうときに私の中から出てきたのが“自分が作ったものじゃない曲を歌ってみたい”っていう想いだったんです。

——これまでとは正反対の欲求ですよね、それは。

橋本:はい。今まではそんなこと思ったこともなかったんですけど、なんだろう……自分から出てくるものにちょっと自信がなくなってた時期だったんですよね。単純にもっと自分から“これええな!”みたいな驚きとか、そういうものが湧いてきたらいいのにって思ってた頃で。単に他の曲っていうだけならカバーでもよかったんですけど、カバーはチャットでもいっぱいやってるし、たぶんそうではないものを求めていたんでしょうね。誰か曲を作ってくれる人がいて、それを私が歌うことで何か開ける気がしたというか。

——きっと新しいものを生み出したい気持ちは強くあったと思うんですよ。ただ、そこで何かしら自分の引き出し以外のものが必要だって本能的に感じたんでしょうね。

橋本:デビュー10周年のときにチャットのサポートメンバー、男陣と乙女団の4人と関わって、そのすごさを目の当たりにしたっていうのもあると思うんですよ。チャットに対して本当にいろいろアプローチしてくれて、昔の曲にしても“これどう?” “じゃあこれは?”ってアイデアもどんどん出してくれたり、とにかくすごかったんです。

——他の人の血が入ることで世界観も変わるし、さらに広がる。そういう新鮮な発見や驚きを味わったからこそ。

橋本:そう、その経験が本当によかったんですよ。でも、だからこそ自分だけ変わってない気がしたんです。とはいえ自分からは今何も出てこないし、どうしたらいいかもわからない時期で。とにかく最初は歌詞も曲も全部を作ってもらって私は歌うだけにしたいって思っていたぐらい。自分の要素は入れたくないって。

——そこで選ばれたのが波多野さん。

橋本:“誰か思い浮かぶ人はいるの?”って聞かれて、考えたときに波多野君が浮かんできたんです。もともとPeople In The Boxが好きで、ずっと聴いていたんですよ。まだチャットが3ピースだったときから聴いていて、Peopleも3ピースバンドじゃないですか。例えばものすごい変拍子の曲を作ったり、“この曲、どうなってるの!?”みたいなことを言われたい時期が私にもあったんですけど、Peopleを聴いて、そういうことはもう全部やられてるなって思って。でも曲はすごく変わってるのにメロディラインでグッとくるところや、歌詞がかなりツボだったんです。だから最初はちょっとライバル的な気持ちもありつつ、めっちゃええなとも思っていて、“チャットモンチーの求愛ツアー♡”(2011年)にも出てもらったりして。

——気になる存在だったんですね、ずっと。

橋本:で、去年かな、波多野君がソロをやってるって知ったんですよ。旦那さんの猪狩(翔一 / tacica)君が波多野君と仲良しなので、猪狩君を通じて、なぜか友達でもない私がソロのライブにお邪魔させてもらったっていう(笑)。その前からうっすらと“作ってもらいたい”って気持ちはあったけど、実際にソロを観て、波多野君のやってる音楽はやっぱり変わっていて私にないものをいっぱい持ってるし、メロディラインもツボやし、頼むんやったら波多野君がいいなって改めて思ったんです。

——“珍しくフラッとえっちゃんが遊びにきた”って波多野さんがおっしゃってました。

橋本:いつもだったら絶対、そんなことしないんですけどね。“たぶん何かあるな”って思われとるだろうなって(笑)。

——お願いするのは緊張しませんでしたか。

橋本:すごくしました。はっきりとしたビジョンがあるわけでもなかったし、そのときは曲も詞もごっそりお願いしようと思ってたから、その大変な作業をやってくれるのかなって最初はすごい探り探りで(笑)。

——でも結果として歌詞はほぼ絵莉子さんが手がけていて、作曲も1曲されてますよね。どういう流れでそうなったんでしょう。

橋本:波多野君が2回目の打ち合わせで歌詞まで付いた曲をひとつと、曲だけのものをひとつ持ってきてくれて、それがめっちゃよかったんですよ。で、“ええなぁ!”って言ってたら、スタッフや波多野君からから“えっちゃんも書きなよ”って言われて。たしかに私の要素がまったくないっていうのも変なのかなって思ったので、とりあえず1〜2曲ぐらい書いてみようかな、と。

ディレクターK氏:そのときに波多野さんから“僕もこういう経験は初めてですけど、作り方は何パターンかあってもいい気はします”っていう提案をいただいたんですよ。お互いが逆の作業をしたり、今までにやったことのないことをするのはいいんじゃないですかって。で、みんなで“それはいい予感がしますよね”って。

橋本:みんな予感のみで進んでた(笑)。私も言い出しっぺではあったけど、たぶん言い出しっぺらしからぬ存在感だったと思うし。

——それでしっかり着地したんだから奇跡ですよ。

橋本:ホントに。今、ホッとしてます(笑)。

——制作を進めていく中で何か発見などはありましたか。

橋本:チャットモンチーじゃなく歌詞を書くっていう経験があんまりなかったので、自分の歌詞の傾向みたいなものにそのとき初めて気づいて、そこでまずハッとしました。いつもはあとから自分でメロディを付けるから、無意識的に付けやすいように書いてたんですよね。つまり純粋に歌詞を書く以外の部分も歌詞に含まれてたんやなって。でも、今回は歌詞だけ書けばいい。それはだいぶ新しかったです。

——自分で曲を付けられる/付けられない、の基準はあるんですか。

橋本:自分すぎる歌詞だと付けられないんです。内面っていうのかな、歌詞が自分に近すぎると付けられない。これまで、あっこちゃん(福岡晃子)やくみこん(高橋久美子)の歌詞のほうが付けやすかったっていう理由もやっぱりそこで、自分から遠ければ遠いほど付けやすいことには気づいてたんですけど、自分が書くものに対してもわりと客観的に見られる歌詞を選んでたんやなって改めて思いました。

——今回、言葉だけと向き合ってみていかがでした?

橋本:最初は難しかったですね。今まで自分で辻褄を合わせられたことができなくなるから“これでええんかな?” “これを歌って大丈夫かな?”って思いながら書いてる感じで。自分で曲を付けるときは“ここをサビにするから強めの言葉で”とか大体想像できたけど、波多野君がどう曲を付けてくるかわからないから最初はめっちゃ考えました。

——ちなみにいちばん最初に波多野さんに渡した歌詞は?

橋本:「幸男」です。ただ、これは新たに書き下ろしたっていうのとも違っていて。歌詞のストックに自分では曲が付けられないものもいっぱいあるんですよ、チャットモンチーで歌うにはちょっと違うなって自分で判断した歌詞が。その中から波多野君だったら大丈夫かもっていう歌詞を探して形にしたものを渡したりもしてたんです。そのひとつが「幸男」で。でも最初はもう不安すぎて本当に曲になるのかな、むしろ自分が付けられなかったものを渡してごめん、ぐらいの気持ちだったので、曲が返ってきたときは“うわぁ! すごい!”って思いました。まさに自分では付けられないメロディラインがきた! これや! って。そこから私の歌詞に曲を付けてもらう形が増えましたね。しかも波多野君の場合、メロディラインだけじゃなくオケも細かく作ってくるからホンマにすごいんです。

——変な話、人の作った曲を歌いたいっていうところから始まったとはいえ、ソングライターとしての血が騒いだりはしなかったんですか。

橋本:全然なかったです。ただ、譜割が複雑なのと、メロディも自分から出てきてないから、歌うのがめっちゃ難しくて。歌い方にしても、チャットだったらいつも発声練習でマックスまで声が出るようにしておいて、バーッと歌う曲が多かったんですけど、今回の曲はほとんどアコースティックギターで構成されて、そこに寄り添ったものが多いから、今までみたいにやると強すぎたり。

——自分が作ってないメロディラインを歌うってかなり感覚は違うでしょうね。

橋本:だから、だいぶ鍛えられたんじゃないかな。自分にないものを歌うってこういうことなんだなってよくわかりました。自分にないからこそ難しいし、自分の歌いたいように歌うのとは違うんだなって。なのに歌詞はほとんど自分が書いているから、そこはすごく不思議な感覚で。でも“これは自分で曲を付けられる”って選んでいたのとは違う歌詞を今回、歌えたのはやっぱりすごくうれしいです。詞を書いてるっていう手応えもすごくありましたし。

——ところで今作はすべての楽器を二人で演奏されてますよね。絵莉子さんは主にドラムを担当されていますが。

橋本:このアルバムでは私、10秒ぐらいしかギターを弾いてないんですよ(笑)。これだけ弾かなかったのは初めてです。今回はオケをほとんど波多野君が作ってくれていて、ギターのフレーズとかにもすごいこだわりがあるんですね。しかも指弾きで弾いてる曲が多いんですけど、私にはそれができないっていうこともあって、作業や演奏の分量を考えた結果、私が叩くのがいちばんいいのかなって。