Vol.3 セルフライナーノーツ

M-1「作り方」

波多野:最初は「飛翔」を1曲目にしようと思ってたんですけど、その前に「飛翔」のエンジンがいちばんいい形でかかるような、何か導入になる曲がほしいねって。漠然としたところから始まった曲ですね。最初にレコーディングしたのもこの曲で、まさに1曲目に録ったんです。レコーディングの2日前に歌詞がきて、翌日に曲ができて、そのまた翌日に録ったっていう(笑)。ここに書かれていることをまさに体現してますね。

橋本:導入になる曲を作ろうって話になったときにディレクターのKさんから、橋本の“橋”と波多野の“波”をモチーフに歌ってみたらっていう提案がありまして。なるほど、それは自己紹介的な感じもあっていいかもと思って書いたのがこの歌詞です。最初は“It's a word” “It's a music”で締めてたんですけど、もうひと捻りないかなと思って“word”を“world”、“music”を“magic”に換えてみたら意外とハマりました。字も似てるし、後付けだけど“歌詞の世界と、それを曲にするマジック”でできてるアルバムなので。

M-2「飛翔」

波多野:手応えという意味ではこの曲が決定的でした。これができたときはかなり興奮状態で(笑)。これがきっかけでえっちゃんの詞先で僕が曲を付けるっていう作り方が王道になりましたね。歌詞も本当にすごくてビックリしましたね。こういうものをツルッと書けるところがえっちゃんのすごさだと思う。かなり事実に忠実で、“やばいおじさん”はホントにやばいおじさんだし、3回出てくる“あの子”もそれぞれ別の実在の人物だったり。僕の歌詞では事実そのままというのはあり得ないので、衝撃でした。「飛翔」は名曲だと思います。タイトルの理由もちゃんとあるので、そこはえっちゃんに聞いてください。

橋本:小学校の頃とかクラスで寄せ書きしませんでした? それが卒業アルバムの後ろに載る、みたいな。“飛翔”っていうのは私が6年生のとき、その色紙に書かれていた言葉なんですよ。真ん中に“飛翔 6-2”ってあって、そこにひとりずつ将来の夢を書いていくっていう。当時は私、よくわかってなくて“花屋さんになる”とかって書いてたんですけど、今だったら“もう一度やり直せても同じことを選ぼうと思う”って書くなと思って。“飛翔”っていう字面のインパクトがすごくて、ずっと頭にあったんですよ。で、今回、ストックの中から歌詞をまとめていくときにそれを思い出して。でも、これはほとんど実話やし、アクが強すぎるから、波多野君に送るかどうかホンマに迷いました。だから曲が返ってきたときはうれしかったです。めっちゃ飛翔してる! よかった! って。

M-3「幸男」

波多野:僕がメインボーカルの曲ですけど、これはえっちゃんに押し切られたんです(笑)。そもそも僕が歌うという発想がなくて、えっちゃんの声をイメージしてプリプロに持っていったら“これは波多野君が歌ったほうがいい”と。僕はすごくイヤな顔をしたはずなんですけど(笑)、えっちゃんの中ではすでにビジョンがあったらしくて、僕も歌ってるうちに“なるほどね”みたいな。えっちゃんって非常にわかりやすくて、“この人はもう曲げないな”ってわかるときがあるんですよ(笑)。自分の決断に疑いがないときなんだと思うんですけど、制作中はその様子はとても頼りになりました。ただ、自分以外の人が書いた歌詞で歌ったことがないので、最初は戸惑うかと思っていたんですけど結果、スッといけましたね。世界がちゃんとできている歌詞だったので、僕が変な脚色を付け加える必要なく素直に歌えました。

橋本:“幸男”って私のおじいちゃんの名前なんです。この歌詞は息子が生まれてから書いたんですけど、要は夢があってもなくてもどっちでもいい、どっちでもたぶん幸せなんやと思うってことを言いたくて。で、歌詞ができてから、そういえばおじいちゃんの名前って“幸せな男”って書くよな、“幸男”っていいな、と(笑)。波多野君にメインボーカルをお願いしたのはメロディラインが難しすぎて私が上手く歌えなかったのと、タイトルが「幸男」だから男の人の声のほうが絶対にいいと思ったから。もともと波多野君にも何曲か歌ってもらおうと思ってたので担当してもらいました。

M-4「ノウハウ」

波多野:なんとなくこういう曲をえっちゃんが歌っているのを聴きたいと思って作って、打ち合わせのときに持っていった曲ですね。ここにえっちゃんの歌詞が付いて返ってきたときもまたすごいなと思いました、僕には作れないなって。たぶん、こういう曲調に僕が歌詞を付けると抽象的な表現が多くなるんです。ムードのある曲なので、そのムードに乗じた表現になると思うんですけど、えっちゃんが書いたものはすごく具体的で。そもそも抽象的なものである音楽に、具体的な歌詞を乗せることで生まれる奥行きを、過程として見ることができた、そういう感動と学びがありましたね。

橋本:波多野君が持ってきてくれた曲にあとから私が歌詞を付けたんですけど。書いていたときにちょうど徳島にいたので、最初の“バイパス道路”のくだりは徳島の風景なんですよ。山も川も多いですし。だからか歌い方もちょっと童謡っぽいというか……もちろん、けっしてそっちにばっかり寄せたわけではなく、ちゃんと自分の気持ちを歌っているんですけど、“山”とか“川”とか出てくるとちょっと昔話っぽい雰囲気になるんですよね。

M-5「トークトーク」

波多野:これは僕が打ち合わせに持っていった段階から歌詞も付いていた曲で。でも作ったときのイメージはまだなんとなくでしたね。もちろんえっちゃんが歌うことを前提に作ってはいるんですけど、一緒にやるための曲というよりは、単純に今の自分が作るベストを持っていこうっていう感じで。後付けですけど、たぶん僕はえっちゃんが歌うこの曲を聴きたかったんだと思うんですよ。ただ、そういうことを考えだすと曲自体が作れなくなるので、勢いでザラッと作っちゃったんですけど。このアルバムの中ではいちばん素直な曲かもしれないです。素直というかオーソドックス。安心感がありますよね。

橋本:聴いた瞬間、歌詞もメロディも“これや!”っていう曲で、人の曲を歌いたいっていう自分の願いはここで叶ったなって思いました。私はこの曲の“メロディのしまい方”がごっつい好きなんですよ。“口にはしないけど”とか“遠く遠く”の部分とか自分にはないな、すごいなと思いながら歌ってました。あと、エンジニアさんのミックスがむっちゃいいんです。

M-6「流行語大賞」

波多野:まだ二人の間で作り方を模索してる中で作った曲ですね。僕もえっちゃんの曲を聴きたかったので、歌詞を書いて送ったら、これが返ってきて。だから歌詞はすごく僕っぽいのに、曲はめちゃくちゃえっちゃんぽい。詞先で書くのはこれまでやったことがなくて、ホント苦労しましたけどね(笑)。曲が勝手に後ろから追いかけてきそうになるのを振り払いながら、なるべく言葉だけに集中してました。あと、この曲に限らずですけど、えっちゃんの叩くドラムがすごくいいんです。グルーヴも独特だし、フレージングも順を追ってドラムを学んできた人のものではない面白さがあって。あまりにも気に入ってしまって、最終的にはアレンジもそのドラムフレーズを中心に組み直しました。わりとツルッと聴けちゃう曲ですけど、ドラムも含めたアレンジ全般、よくよく聴くと相当過激なことをやってるので、そういう楽しみ方もできるんじゃないかな。

橋本:ちょこっとだけ私もアコースティックギターを弾いたっていう曲がこれです(笑)。この曲のみ、私が作曲したのでちょっとだけ参加させてもらいました。あっこちゃんから歌詞をもらって曲を付けるときもそうなんですけど、いつもその人が書いてる様みたいなところもなんとなく想像しながら作るんです。この曲も波多野君が書いてる姿を想像しながら作ってましたね。ドラムに関してはセットを丸ごと使わずにこの部分だけ、みたいな録り方をしていったんです。例えばスネアはスナッピーを外して、ごっつい間抜けな音を作りたいとか、イメージしてることを全部ドラムテックの方に伝えて、その通りにセッティングしてもらって。実際叩いたらめっちゃ面白い音になってて、すごく褒められました。“えっちゃんの中でちゃんと音が鳴ってるから、楽器がついてくるんだよ。どれだけバラバラなようでもまとまるんだよ”って。うれしかったです。

M-7「アメリカンヴィンテージ」

波多野:いい意味で主体がぼんやりした歌詞だったので一緒に歌おうと思って、曲もそれを前提で作りました。もともとクライマックスはあそこまで激しくはなかったんですよ。でも、えっちゃんが“もっといってもいいんじゃないか”って。細かいところではお互いにいろいろとせめぎ合いましたけどね。壊れてるけど、同時にしっかり整合性もあるものにしたかったので、なぜそうなったのかっていう必然性みたいな部分を曲全体で確認しながら、二人で詰めていきました。

橋本:最後のほうでブリキノイズが入ったときに“きたきた!”って思いました。歌詞とはまた別のものが足されることで、よりよくなるというか、見え方がまた変わってくるから面白いですよね。ホントどんどん壊れていく感じ、自ら進んで壊しにくる感じがすごいな、と。デュエット形式で歌うのは波多野君が提案してくれたんですよ。デュエット自体は今までにもやっているけど、こんなにゆっくりした曲調のものをあんまり歌ったことがなかったし、ひらがな1文字を伸ばして歌う箇所が多くて、そこにも気を配らなきゃいけないのがまた難しかったです。

M-8「君サイドから」

波多野:デモを作ってからえっちゃんに送信するまでにいちばん時間をかけた曲でしたね。歌詞をもらって“こういう曲なんだな”っていうのはすぐにわかったので曲を付けること自体は早かったんですけどね。ガンガン化石を掘り出していって(笑)。ただ、エモーショナルだけど抑制されてもいる曲なので、それをどこまでアレンジとして仕上げるかですごく悩みました。この曲は主人公の落ち着いた精神状態が鍵だと思ってるんですけど、そういったものを音楽でどこまで描いたらいいのかなって。でも、これも本当にすごい歌詞ですよね。例えば抽象的な歌詞で聴き手の想像が入り込む余地があるっていうのはわかるんですけど、えっちゃんみたいに具体的な言葉で描かれた世界に聴き手が入っていけるっていうのは、本当に表現が瑞々しいからだと思います。

橋本:これまたストックを探りつつ、今の自分として今回のために仕上げた歌詞ですね。母である部分をどれくらい歌詞に入れるかというのはいつも考えていることで。そこをまったく排除すると嘘になってしまうし、今、歌いたいこと、今の自分が言いたいことはお母さんになる前とはまた別のものになっているから、いつもそのバランスが難しくて。子どもが生まれるって、自分の血が入った新しい内臓ができたような感覚なんです。その新しい内臓が子機みたいな感じで自由にそのへんにいるっていう状況はもう、自分が新しい人間にならざるを得ないんですよ。自分を捨てなあかん瞬間もいっぱいあるし。でも、そういうのはチャットにはいらない部分というか、それを経た上で自分がどう思うかのほうが大事なんです、チャットの場合は。ただ、今回は自分でメロディを付けなくていいので、そういうものも言葉にしてみました。そう、このデュオだから出せた部分だと思いますね。新しくなった自分とどう向き合うか、復帰してからずっと探り続けてます。

M-9「臨時ダイヤ」

波多野:これはアレンジもいちばん二転三転した曲で。えっちゃんが祭りを描くと、どうしたって阿波おどりに繋がっちゃうじゃないですか(笑)。僕も歌詞を読んでそう思いましたし。ただ、えっちゃんはもう充分、阿波をやってきた人なので、サウンドにはテイストだけ入れて気づかない人は気づかないぐらいの感じでやっていこう、と。ちょっと阿波に寄せてみたこともあったんですけど、みるみるえっちゃんの顔が曇り始めて(笑)、だったら逆に振り切ってみようって、できたのがこれです。いちばん自然なところに落ち着いた気がします。

橋本:最初、波多野君が持ってきてくれた曲にはかなり阿波おどり色が入ってたんですよ。でも、すでにチャットでウルフルズの「かわいいひと」を超阿波おどりバージョンでカバーしてたので“どうしよう”って思って。阿波おどりをすごく研究してくれていたので、そのときはどうしても言えなかったんです(笑)。ちなみに、この歌詞はなんと東京で書きました。間に合うようにバス停までめっちゃ走ったのに、東京のバスがお盆で臨時ダイヤになっていて、“信じられへん! めっちゃイヤやから歌詞にしてやる!”ってその場でパパパッて(笑)。でも東京がお盆の臨時ダイヤであんまりバスが走ってない=徳島だったらめっちゃ走ってるやんって思ったんですね。スッカラカンな東京と、人で溢れ返ってる徳島を“臨時ダイヤ”でまとめたっていう。実はこれ、チャットでもやれるかなっていう歌詞なので実際、メロディも自分で付けてたんです。それを言わずに波多野君に渡して、どんな曲を付けてくるんやろって私ひとりで楽しみにしてて(笑)。結果、全然違う曲になりましたね。音楽は、無限ですね。

(インタビュー:本間夕子)